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平成29年4月22日(土)に、大阪西区倫理法人会で講話をさせて頂きました。

講話の内容は、僕が学生時代に人間関係で苦しみ、高校を退学するなど多くの挫折や失敗・・・そして、苦難を乗り越えていく中で気付いた学びをお伝えさせて頂きました。

人生は、「恋愛」「婚活」「夫婦」「仕事」など、人間関係において悩み苦しむことも多く、嫌になるときもあるかと思います。

中には、現在進行形で悩み苦しんでいる方もいらっしゃるかと思いますので、僕が経験したことを読んで頂いて、何か気付くきっかけになってもらえると幸いです。

序章

人より多くの挫折と失敗を味わってまいりました。

しかし、今こうして皆様の前でお話をすることが出来ています。それは、もちろん自分1人の力ではありません。

両親、友達、恩師など色んな方の支えや助けがあって、今の僕があります。人のご縁、土地のご縁、タイミング、挫折、失敗…etc

“それらが線で結ばれて今の自分があります”

前職は高校で6年教鞭をとっていました。入学式になると、ピカピカの新入生を前にして真っさらな黒板にたくさんの線を書きます(マイナス記号)大きな線もあれば、小さな線も。

僕は自身の挫折や失敗談を出来るだけ正直に、生徒達に伝えました。

なぜなら、それらの挫折と失敗を乗り越えた先にあるもの。それは、気づきであったり、学びであったり、人として成長できるチャンスだから!だから、失敗を恐れないで欲しい!

そのマイナスに縦の線が加わるとプラスになりますし、マイナスが大きければ大きい程、大きな財産になる。

辛い時に自分1人で乗り越えるのは、とても大変なことがあるから、困っている仲間がいたら手を差し伸べてください。人のことを思いやれる人間になってください。

16歳の夏休みに、人生最初のターニングポイントが訪れる。

夢と目標を失った16歳の少年は、両親の愛と周囲の大人達に助けられ、苦難を乗り越えることができました。

新天地での生活が始まり、少年はある一つのキッカケから原因と結果の法則に気づくことに。気づきを実践し続けて行く中で、状況や結果は好転し、その後の人生に大きな影響を及ぼしました。

その中で、自分の役割(使命)を知り、情熱を持って進んで行くことにより活路を切り開いていく。そのとき、僕は気付きました。

挫折や失敗は、自分を成長させてくれる神様からの贈り物であることを。

【H29.4.22.大阪西区倫理法人会講話より】

16歳で高校退学

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僕は高知で生まれて高知市内で育ちました。小学校3年生から野球を初めて、地元の中学校に進学し、高校は甲子園に何度も出場している野球の名門高校に進学。

野球こそ真面目に取り組んでいましたが、特に中学校に入ってからの私生活の方はあまり真面目な方ではなく、勝気で調子に乗りやすい性格から、いわゆる問題児の部類に入っていました。

高校に進学しても、中学生気分は抜けずに、練習が終わった後に、フラフラと夜の街を徘徊していました。

転機が訪れたのは高校1年生の夏休み、些細なことから他校の学生とトラブルを起こしました。そのトラブルがきっかけで、僕は高校を退学することになりました。

もちろん自業自得です。しかし、自分が招いた結果とはいえ、目標は甲子園、夢はプロ野球選手という目標を持っていた当時16歳の少年にとって、その夢や希望を突然失うことは絶望を意味していました。

自分を変えた両親の愛

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これからどうやって生きていこう。僕は毎日、途方に暮れていました・・・

しかし、そんな状況になっても両親は僕を見捨てることはなく、トラブルを起こした僕のかわりに迷惑をかけた方のところに毎日、頭を下げて回っていました。

父は、もう一度好きな野球をやらせてあげたい、何とか息子の人生を作らなきゃいけない!と一生懸命、ぼくを受け入れてくれる学校はないか探してくれました。

当時お世話になっていた高校の先生方も、県外の学校にかけあってくれて、宮城県の学校が僕を受入れてくれることになりました。

ぼくは高校1年生の9月、2学期から宮城県の学校に転校することに。

当時、5つ上の兄もロンドンの大学に行っていたので、二人の息子の教育費、生活費を考えると家計がいきなり苦しくなりました。

後から知った話ですが、両親は家まで手放して僕たちの人生を優先してくれたそうです。

家を手放すときに父は母にこう言ったそうです。家はいつでも取り戻すことができるけど、息子の人生は取り戻すことはできない。母もそれに納得して、家を手放したそうです。

宮城県に旅立つ日のことは一生忘れることはできません。

宮城県に行くには、高知空港から羽田空港を経由して、東京から東北新幹線に乗って宮城県まで行きます。

高知空港にと到着すると、別れの苦手な父は車から降りず、「好きな野球を楽しんでこいよ」一言そう言いました。父の目からは光るものが見えていました。

母が最後まで見送ってくれることになり、搭乗ゲートに入る前に、しばらくの食事代を渡してくれて、頑張ってきなさいよと笑顔で送り出してくれました。

気丈な母は、最後まで明るく僕を見送ってくれましたが、僕は搭乗手続きを済ませて、ゲートをくぐると、急に不安と寂しさが襲っていきました。

高知空港は、小さな空港ですので、待機所の様子が外からガラスで見えるような構造になっています。母の方をちらっと見ると、母は心配させまいと笑顔で手を振ってくれました。

僕は、母の姿を見る度に、なんて馬鹿なことをしたんだろうと、頭を鈍器で殴られたようなショックで、飛行機に乗り込むと感情を抑えることができませんでした。

飛行機にのって、僕は人目をはばからず涙を流し、心の中で何度も父と母に誤りました。お父さん、お母さんごめんよ、ごめんよと、、、

段々と、遠くなっていく高知を見て、飛行機を見送っている両親の姿を想像すると、涙が止まりませんでした。

東京について、東北新幹線に乗り換え、宮城県に着くまでに僕は両親のことを考え、決心をしました。必ず一人前になって高知に帰る。一人前になるまで高知には帰らないと。

第二の故郷、宮城県でリスタート

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宮城県の学校の先生方や、あたらしいチームメイト、クラスの友達たちはぼくを温かく迎えてくれました。

転校初日、当時の教頭先生で女子バレーで10回以上全国優勝をした経歴をお持ちの、教頭先生の部屋に招かれました。

身長はゆうに180センチを超える大柄の方で、当時60歳くらいだった先生は、笑いながら僕に「わけぇうちは失敗するもんだ」と、優しい眼差しで言ってくれて、物凄く勇気を与えてくれたのは今でもはっきりと覚えています。豪快な方でした。

先生は、僕が3年生になったときに、途中で東北福祉大学に客員教授として招かれましたが、二か月に一度くらい僕を回転寿司に連れてってくれて、相談に乗ってくれたり、励ましてくれました。卒業式には僕に水色のネクタイをプレゼントしてくれたときは、本当に感動しました。先生は、ぼくにとっての恩人です。

宮城に行って間もないころでしょうか。

僕の人生観が変わった出来事があります。

ぼくが通っていた学校の野球部は、学校からバスで20分くらいのところにグラウンドがあります。僕がいた宮城県の大崎市というのは、「ひとめぼれ」が開発された米どころでして、専用グランドも田んぼ地帯の真ん中にありました。

秋の収穫期になると、夕方には地平線一面に夕日に照らされた稲が、黄金色に輝いて、異国の人から黄金の国ジパングと言われた所以はこのことかと、息を飲むような日本の美しさがそこにはありました。

ゴミを捨てる側の人間から拾う側の人間へ

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ある日の練習が終わった後、グランドに設置された自動販売機でジュースを買って、田んぼのあぜ道を歩いていたときのことです。水路のゴミ溜まりのところに、何となく空き缶をポイ捨てした僕は、捨てた後になぜか嫌な気持ちが残りました。

誰かに見られているような気がして、あたりを見渡したのですが、誰も見ていません。

色々と考えているうちに、両親に、高いお金を出して、苦しい想いをさせたのに、僕は何をやっているのだろう・・・親に対して、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

思えば、自分がやっていることは全部自分に返ってきているような気がして、結びつくことや、説明のつくことばかりでした。

当時の僕は神様を信じるとか、そのような発想はありませんでしたが、これはどうも天に見られているなと思ったのです。そういう風に考えると、まだ返ってきていないことがたくさんあるような気がして、恐くなってきました。

そこでふと思ったのですが、悪いことをしていて自分に返ってくるのであれば、良いことをすれば良いことが返ってくるのではないか?

返って来なくとも、せめて過去の犯した過ちを清算したいと、そう思いました。気が付けば僕は空き缶を拾っていました。

“ゴミを捨てる側の人間から、拾う側の人間に変わった瞬間です”

そこから、心の中で「天の目、天の目」といつも自分に言い聞かせながら、トイレのスリッパを揃えたり、コンビニで1円単位のおつりがあれば募金箱に入れる、学校の敷地内にゴミが落ちていれば自然と拾うようになりました。

すると、そこから段々と自分の身の回りに起こることがガラリと変わりました。野球の試合でも、打ちそこなったゴロが抜けろと思えば、イレギュラーバウンドをして抜けて行ったり、打ちそこなったフライの方向に選手がいなかったり・・・

3年生時には、キャプテンとして春の大会で優勝することができ最優秀選手賞を受賞することができました。そのときの電話越しの父母の喜んでいる声がとても嬉しそうで、僕は、少しは親孝行が出来たかなぁと思えました。

宮城県でリスタートを切った僕は、周りの支えもあって、なんとか3年間高校野球を続けることができました。

高校教師を目指した理由

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高校3年生の進路面談での話です。当時、親代わりになってくれた年配の女性の先生からアドバイスを受けました。

「甲木君は、人よりも挫折・失敗を味わってきて、それを乗り越えた経験がある。それは誰もが経験できることではないし、世の中にはまだまだ沢山の君のように挫折・失敗する子ども達がいる。そのときに、あなたなら失敗した子どもの気持ちがわかると思うから、あなたは先生になったら?」

確かに、挫折や失敗に悩んでいる生徒の気持ちをわかってやれると思うし、それが僕に与えられた役割(使命)なのかなと思いました。

大学は教員免許が取得できる学校に進学し、教員免許を取得し、高知県の高校に採用されることになりました。

社会科の教員として授業を教えながら、放課後はグラウンドで生徒達と共に汗を流し、学生寮でひとつ屋根の下で学生達と寝食を共にすることになり、退職するまで6年間、本当に充実した教員生活となりました。

今でもお世話になった学校には、20代で生徒指導主事なども多くの経験させて頂いて、たくさんの先輩方にも育てて頂いて本当に感謝をしています。

28歳で起業を目指した理由

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「なぜ、安定した教師を辞めたの?」とよく聞かれますが、数年前の僕自身もまさか婚活サービスを提供する事業を立ち上げるなんて、思ってもいませんでした。それには2つの理由があります。

まず一つ目は、とあるクラスの担任を務めていたときに、40名いる生徒のうち約半数が母子家庭や父子家庭など片親であり、たくさんの相談を受けるようになったこと。

「親子関係の悩み」
「離婚(再婚)をすることは、子どもにとって影響を与えるか」
「子どもが学校に行かない(不登校の悩み)」

僕は、別に片親が悪いとか離婚が悪いこととは思いません。きちんとフォローが出来ていないことの方が問題であると感じました。

更に、そんな相談は親御さんだけではありませんでした。生徒達からも、「親子関係の悩み」など、親や友人に言えないような悩みを持っていること。

最初は何をアドバイスしていいのかわからず、カウンセリングの本を読んだり、先輩教師に相談していましたが、やがて一つのことに気がついたのです。

悩みの答えは本人が持っていることに

私はアドバイスをすることをやめ、相手の話を傾聴し、理解することに徹しました。

すると、相談相手の親御さんや生徒達は自己解決するようになり、カウンセリング業と、多くの家庭(ご成婚後)と関わることができる婚活サービスに興味を持ったのです。

それに、僕はもともと教師ですから、人に何かを教えたり、伝達することは得意ですし、自分の経験も活かせそうだなと思いました。

家庭教育も崩れているし、時代も未婚化で少子化が社会問題になっている。

よし、これは自分の情熱を注ぐことができる仕事だし、高知で誰もやっていない事業だから挑戦しがいがある。

もう一つの理由は、たまたま映画監督兼俳優のクリント・イーストウッドが新作映画の日本公開に先立って、生と死について自身の死生観を答えたインタビュー記事を目にしました。

そこには、「人生は神様がくれたギフト」という言葉が書かれてあったのです。

一度切りしかない人生。もし自分が老いて死ぬ前に何が一番後悔するのかなと思ったときに、それは自分のやりたいことを挑戦しなかったこと。神様から送られたものであれば、大事に使わなければならない!

僕のやりたいこと、それは自分が世の中にどれぐらい役に立つことが出来るのか、自分の力を試してみること。

最後に

挫折や失敗は一つの成果であり、あなたにとって重要なリソースとなります。

・高校を転校した⇒多くの友達を作ることができる
・会社を辞める⇒新しい事を始めるチャンス
・就職や受験に失敗した⇒違う進路を選択できるチャンス
・辛いいじめを経験⇒相手を思いやる気持ちがわかる人間になれた
・失恋する・離婚する⇒新たな素敵な異性と出会えるチャンス

国際資格の心理学NLPでは、ネガティブな出来事の枠組みを変えることをリフレーミングといいます。

かの有名なシェークスピアは、「良いも悪いも本人の考え次第」という言葉を残しています。

あなたは、これからの人生でまだまだ挫折や失敗、そして苦難に直面することはあると思います。もちろん、それは僕も同じです。

しかし、そのようなときは、どこかのタイミングでリフレーミングをして、成功へとセンで繋がるような学びなると、「あなたの望ましい理想」や、「あなたが得たい結果」を手に入れることができると思います。

最後までお付き合い頂きまして、本当に有難うございました。今記事が多くの悩める方や、苦しまれている方の勇気づけ、元気づけなど、少しでもお役に立てると嬉しいです。

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大阪西区倫理法人会畔川会長と